スリプル!





「なぁバルフレア。味方にも魔法がかけられるっていうけど、どうやんの?」
 ヴァンは暇さえあれば何かと質問してくる。
 おおよそが空賊についてや飛空艇についてなのだが、今日はめずらしく魔法についてだった。それにしても間抜けな問いだ。
「いまさら何を云ってる。おまえがいつもしているケアルだのエスナだの、あれは魔法じゃないのか?」
「そうじゃなくって、たとえばスリプルとかサイレスとか」
「ああ、そっちの系統か。ほとんど必要ない――…」
 から…と云いかけて、バルフレアは言葉を代える。
「が、戦闘中は何が起きるか判らない。たとえば気付け薬もないMPも足りない状況で味方が混乱になった場合、スリプルで眠らせるって手がある」
「だよな。おれもそれを考えて、魔法ショップでちょっと訊いてみたんだ」
「へえ、ヴァンにしてはいいところに目をつけた」
「ヴァンにしては、は余計だろ!」
 そう口では怒っても、褒められたのが嬉しいらしく得意げに鼻の下をこする。いつもの子どもっぽい癖に、バルフレアはひそかな笑みをこぼした。
「で、教えてくれないかな?」
 ヴァンの言葉に、バルフレアは面倒くさそうに肩をすくめる。
「そりゃ覚えておいて損はないから教えてやるが、ただし実践で1回しかやらないぞ」
「大丈夫だって。要領さえつかめれば使いこなせる」
「よしよし良いお返事だ。いいか、味方にかけると云っても、本来の目的は敵への攻撃補助魔法だ。詠唱するときに本物の殺気を込めないと効力は発揮されない」
「本物の殺気?」
「ま、あんまり深く考えなくていい。ようは相手を眠らせてやるという気合を込めろってこった。準備はいいか…」
 バルフレアは背にしていたアルデバランを抜き、魔法詠唱を始める。ヴァンがびくりと反応し剣を構えた瞬間、バルフレアから光の粒子が解き放たれた。

 こくりこくりと身体を揺らしてヴァンは眠りこけている。規則正しい寝息が身体の揺れに合わせて漏れ聞こえていた。
 丸みを残した滑らかな頬を軽くつまんでも目を覚まさない。完全な睡眠状態だ。
 思ったとおりの状況にバルフレアはほくそ笑む。
「味方にスリプルを教えてくれなんて…ある種の誘惑になるんだぞ」
 そう云いながらヴァンの顔を覗きこみ、薄く開いた唇にそっとキスをする。やわらかな感触を確かめるように甘噛みながら、ゆっくりと深めていった。

 かすかにヴァンの唇が動く。舌先をそっと差し入れると、迎えるように口を開いた。
(…起きたのか?)
 片目を上げて見ると、そうではないらしい。どうやら無意識でも唇の感触が気持ち良いようで、ヴァンは離すまいとして夢中で吸いついてくる。
 バルフレアは温かな口腔を、小さくて薄い舌を、形のいい白磁のような歯を、たっぷりと味わった。
 そろそろだな…と魔法の切れるタイミングをはかる。最後に息も止めるほど深く唇を合わせ、名残惜しくヴァンから離れた。

 3歩退いたところで、ヴァンが唐突に目を覚ます。唇の端にはキスの置き土産としての唾液が光っていた。
「――…っ!」
 それに気づいたヴァンが慌てて拭い去ると、バルフレアは喉を鳴らして笑った。
「スリプルで涎まで垂らして寝るやつは初めて見たな」
「せっ…戦闘中じゃないし、相手がバルフレアだから安心して眠っちゃったんだよ!」
 ヴァンは顔を赤くして言い訳する。口付けられたとは毛ほども思いつかないようだ。
 バルフレアは安堵していいのか残念がるべきか、いささか複雑な心境になった。少しくらい疑われたほうが話は早いのだが。
「まあ、今回は良しとしておこう」
「今回ってなんだよ?」
 首をかしげるヴァンの額を小突いてバルフレアは答える。
「なんでもないよ。それよりちゃんと覚えたか?」
「たぶん…」
「おいおい、実践で1回だけと云ったはずだ。そう何回も教えてやるつもりはないぞ」
「判ってるって」
 気合だよな…気合…とぶつくさ呟くヴァンに、バルフレアはやれやれと肩を落とした。


 こんなにおいしいチャンスが何度もあってみろ。
 いいかげん歯止めが利かなくなるぞ?


おわり (2006.05.20)


スリプルをかけられた時のヴァンは
こっくりこっくりと可愛すぎる
…どうしてくれよう (*´д`*)


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