子どものやり方





 どうにもヴァンがうっとうしい。
 ドラクロア研究所から戻って以来、俺の様子がおかしいと思っているらしく、ヘンな気の遣い方をする。
 たとえば食事の時間。あいつはいつも肉のかたまりを注文する。それはステーキだったり煮込みだったりと料理法はさまざまだが、とにかく肉だ。これは育ちざかりの食べざかりだから仕方ない。
 俺はひたすら(どこに入っていくんだ?)と呆れた目で眺めていればよかった。
 ところが最近のヴァンは、自分が食っている肉を切り分けて、むりやり俺の皿に入れてくる。いらないと断っても、遠慮するなと云う。本気で食いたくないんだと怒れば、しぶしぶと自分の皿に戻す。しかし次の食事の時には、また人の皿に肉を入れようとするのだ。
 肉だけではない。あいつがいつも腰の巾着に入れているスターフルーツ。これを、ことあるごとに「食べないか?」と云って差し出してくる。2回目までは受け取ったが、さすがに3回目からは断った。するとまた「遠慮するなよ」と云う。本当にいらないんだと怒れば、またしぶしぶと巾着に戻すが、しばらくすると「食べないか?」と云い出す。
 他にも集落でもらったというドライフルーツや草原で見つけた木の実など、やたら食いもんを分けたがる。正直断るのすら疲れてきた。
 もうひとつ我慢できないのが、あいつがワザとらしく声をあげて俺を褒めることだ。
「すごい」「さすが」「やっぱりバルフレアだな」等々、いまさらなことをわざわざ言葉にする。まあ…あいつの目を見れば、俺を尊敬していることは一目瞭然。だがそれを口に出すほど素直でなく、どちらかといえば意地と見栄を張って隠したがる性格だ。
 しかしこのところは、ちょっとしたことでも感嘆の声をあげた。雑魚1匹倒しただけで、飛び上がるほど喜ばれても対処に困る。かえって馬鹿にされているような気分だった。
 たしかにドラクロアからこっち、自分でも持て余すほど感情のコントロールができていない。苛つきや焦りを上手くごまかせなくなっている。そして『俺らしくない』と自己嫌悪に陥ったりもしている。
 だからこそヴァンに気遣われるのがイヤなのだ。
 あいつに弱いところなど見せたくない。どんな時でも、あの瞳に映るバルフレアは最高にクールな空賊でさえあればいい。たやすく同情などされてたまるか。
 ヴァンは憧れだけを抱いて、ただ俺の背中を追いかけていればいいのだ。


  「あの、さ。虹色のタマゴを茹でたんだけど…」
 そう云いながら近づいてきたヴァンを、なんだかんだと邪険にして追い払う。しょんぼりした表情に胸は痛んだが、相手にしていたらこっちの身がもたない。
 ため息を吐く俺に、背後で武器の手入れをしていたバッシュが小さく笑い声をもらした。
「なにか云いたそうだな…」
 振り向きざま睨みつけると、バッシュは「笑うつもりはなかったんだが…」と答えて俺の隣りにやってくる。
「もう少し、ヴァンの気持ちを汲んでやったらどうかね?」
「あんたも知ってるだろ。あいつの思うとおりにやってやったら、シーク並みのブタ野郎になっちまう」
「そんなに太る体質には見えんが…」
「例えだよっ」と云い返すと、バッシュはにこやかにこちらを見ていた。とぼけた振りして、人の警戒心を解こうって寸法か。乗ってやるのは癪だが、ヴァンのことを何とかしてほしいのも確かだ。
 俺はしかたなく頬杖をつき、それで…と言葉を促してやった。
 バッシュは視線を俺からヴァンへと移す。ヴァンは離れたところから、ちらちらと俺たちの様子を伺っていた。
「あのガキを諦めさせるには、俺はどうしたらいいんだ?」
「そうだな。ヴァンは…彼はまだ子どもで人付き合いの経験も浅い。自分がしてもらって嬉しかったことでしか、人に与える術を知らないのだろう」
「食いもんや褒め言葉が…?」
 俺の問いに、バッシュは頷いて何かを思い出すように目を細めた。
「ヴァンが元気のない時に、自分の食事や菓子を分けてくれたり、褒めてくれたりする人物が傍らにいた。ヴァンにとっての良い思い出だ。だから彼は君を元気づけるために、同じことをしてあげている」
「なるほどね。しかしその中には、あえて放っておくという手はなかったのかよ」
 俺はここぞとばかりにぶちまけた。
「たしかにこのところ俺はおかしい。フランはもちろん、あんたやアーシェ、パンネロさえ気づいてんだろ。だが、何もせずに放っておいている。それが俺にとって最善の方法だと判っているからだ。ところがヴァンのありゃなんなんだ? 元気づけるにしたって、あのしつこさは普通じゃない」
「うむ――…」バッシュは自分の顎を撫でつつ答える。
「これは憶測でしかないのだが、おそらくヴァンにとって放っておかれるのが一番辛いことなのだろう。あるいは…もっとも必要としていた時に誰もいなかったか」
「そりゃどう考えても甘えだ。ようするに、あんたみたいな奴が甘やかせたせいで人の気持ちも判らないガキが1匹できあがったわけだ」
「私みたいな?」
 バッシュは意外そうな顔をする。自覚なしとは、この将軍もそうとう重症だ。
「俺の目からしてみれば、あんたはヴァンを気落ちさせないようにやたら心を砕いてやってるように見えるぜ」
「それを云うなら君の方こそ…」
 最後まで云わなかったが、君の方こそヴァンを構っているとバッシュの表情は語っていた。それは否定しない。俺はちゃんと自覚しているだけマシだろ。
 俺たちの間に妙な沈黙が流れていく。俺は舌打ちを、バッシュは咳払いをして、この話を終わらせた。いま問題なのは、どちらがよりヴァンを気にかけているかではない。
「あー…っと…それで俺はどうしたらいい?」
「ふむ。君はヴァンを突っぱねるばかりで、きちんと話をしていないだろう? 彼だって話して判らないような子じゃない」
「放っておいてくれとは何度も云っているが」
「いや、できれば君が胸に抱えているものを打ち明けてやるといい。理由が判れば、ヴァンも見過ごしやすくなる」
「あいつに何もかもさらけだせっていうのか!?」俺は鼻で笑った。「冗談きついぜ。そんなことをして、どんな得があるっていうんだ」
「少なくとも気持ちを同じくすることでヴァンが安心するな」
 思わず天を仰ぐ。それをしたくないから邪険にしてるんじゃないか。とどのつまりバッシュは、ヴァンに良かれと思うことしか考えてないのだ。
「あんたに相談したのが間違ってたよ。俺は俺のやり方でヴァンを諦めさせる。もちろん、何ひとつ話してやるつもりはない」
 俺は立ち上がって大きく伸びをした。馬鹿らしくなって歩を踏み出すと、
「…ヴァンと向き合うのが怖いのかね?」
 バッシュが云った。俺はあからさまに息を吐いて、皮肉たっぷりで答えてやる。
「そんな必要はないと云ってるんだ。あんたが落ち込んだ時には、せいぜい打ち明け話でもして慰めてもらうんだな」
「私は、ヴァンに気取られるようなヘマはしないさ」
 ブン殴りたくなるほど自信に満ちた笑顔で云い返された。


 俺がバッシュから離れると、待ちかねていたようにヴァンが走ってきた。大事そうに持っている虹色の茹でタマゴは手付かずのままだ。
「…そろそろ腹減ったんじゃないかと思ってさ」
 まだ食わせるつもりか。おまえが食いもんで元気になるのは勝手だが、俺はそんなに単純じゃないんだ。
 とはいえバッシュに云われた言葉が引っかかり、先ほどのように冷たくあしらう気にもなれない。とりあえず「タマゴはパンネロと食え」と断る。それなら…と巾着を開けようとするヴァンの腕を取った。
「おまえに云っておきたいことがある。ちょっと来い」
「え…?」
 とまどうヴァンを人目のないところへと連れて行く。この場で云い聞かせてもいいのだが、どうにもバッシュには見られたくなかった。あれだけ大見得を切って駄々をこねられたら面目丸つぶれだ。
「なんだよバルフレア。なんかあったのか」
 ヴァンが心配そうな目で見上げてくる。俺のことを思ってくれるのは有難いが、そんな眼差しをしてくれるな。このバルフレアはおまえにとって頼りになる空賊…だろ?
「いいかヴァン、もう俺に食いもんを分けようとするな。もちろん遠慮しているんじゃない。本気で迷惑なんだ。判るな?」
「で…でもさっ…腹減ると悲しい気持ちになってこないか」
「俺はならない。もしなったとしても、そのへんにあるものを適当に食えば済む問題だ。おまえが気にすることじゃないさ」
「そう云われても…」
「あと、やたらと俺を褒めるな。へたにおだてられても、かえって気分が悪い」
「オレは本気で…」
「思っていたにしても、それをいちいち口に出すな。おまえに褒められて浮かれるほど落ちぶれちゃいないんだ」
 ヴァンはひどく傷ついた顔をしてうつむいた。少し云い過ぎたかと、頭を撫でてやるために手を伸ばす。指先がやわらかな白金の髪に触れようかとした時。
「でもっ!!」
 ヴァンがいきおいよく顔を上げた。
「美味いもん食ったらバルフレアにも食わせたいって考えんのは悪いことじゃないだろ。喜んでもらえたらオレも嬉しいし、いっしょに幸せな気持ちになれるじゃないか。なんでダメなんだよ。それに褒めるのだって、そりゃワザとらしい時もあるけど…でもホントにすごいって思ってるんだからしょうがないじゃん。どうして云っちゃいけないんだよ」
 鼻息も荒く一気にまくしたててくる。うっかり失念したが、こいつは懲りない奴だったんだ。反省するんじゃなかった。
「…ということは、今後もやめるつもりはないってことだな?」
「あたりまえだろっ」
 オレは悪くないとばかりに胸を張り、負けん気の強い目で睨みつけてくる。おいおい当初の目的を忘れてないか。
「あー…判った。おまえがやめないと云うなら、こっちにも考えがある」
 俺はヴァンの鼻先に人差し指を突きつけて云った。
「今後いっさいシュトラールの操縦席には座らせてやらないからな」
「――…え?」
「もちろん、操縦を教えてやるなんてのも無しだ」
「そっ…そんなの卑怯じゃないか!」
「卑怯じゃない空賊なんぞいるものか。それでいいなら、おまえの好きにしたらいいさ」
 肩をすくめる俺を見て、ヴァンは泣き出しそうな顔になる。もっとも効果的な脅し文句だと思ってはいたが、予想以上の効き目だったようだ。
 ただ、ここまで迷われると複雑な心境にもなってくる。俺とシュトラールを天秤にかけたら即答できないのか。
 さんざん考えたあげく、ヴァンはすんと小さく鼻を鳴らして呟くように云った。
「…判ったよ…もう食いもんやんのも褒めるのもやめる……」
 しかもシュトラールの方が勝ったらしい。まさか愛機に嫉妬する日が来るとは…と情けなくなったが、今日のところは結果オーライで良しとしよう。
「これで交渉成立だ。もう2度とするんじゃ…」
「やめるから!」とヴァンはなにやら必死な顔で詰め寄ってきた。
「でも、ちょっとくらいオレの云うことを聞いてくれたっていいだろ。ホントにこれで最後にするから」
「そんなにタマゴを食ってほしいのか?」
 呆れつつ云うと、ヴァンは「そうじゃなくて…」と首を振る。
「えっと、しゃがんでもらえるかな?」
 また妙なことを頼んでくるものだ。しかし断るのも大人げない気がして、仕方なく腰を下ろしてやる。
「これでいいのか」と見上げた瞬間、チュっと額にキスをされた。
 たぶん俺は鳩が散弾銃を食らったような顔をしていただろう。予想がつかないにもほどがある。
「…いまのは…いったい――…?」
「元気になるおまじない。食っても褒められてもダメな時は、これがいちばん効いたんだ」
 ヴァンは怒られやしないかと俺のほうを伺いつつ、
「ごめん。もう2度としないっ!」
 くるりと踵を返して走り去ってしまった。引き止める間すらなく、俺は呆然としてヴァンの後ろ姿を見送る。
 それにしても…食いもんに褒め言葉と来て、最後にこれが残っていたなら先に云えってんだ。知っていたら、肉でもタマゴでも食ってやったし、腹の立つ褒め言葉だって我慢できただろうに。
「おまじない…か」
 俺は額に触れようと上げかけた手を下ろした。触れてしまったら、かすかに残る唇の感触が失くなってしまう気がする。この余韻は確かに『効く』かもしれない。
 もう2度としないとヴァンは云ったが、あれは俺が怒ったからのことだ。今度はこっちから「おまじないしてくれ」と頼んでみようか。はたして、あいつはどんな顔をするだろう?
 ふいにバッシュの言葉を思い出した。
 ヴァンに気取られるようなヘマはしないさ…とはよく云ったものだが、そりゃ将軍様もずいぶんつまらない話だな。
「―…ざまあみろ」
 俺は込みあげてくる笑いを抑えることができなかった。 

おわり (2006.05.29)


意外と顔に出るバルフレア
フランの次に気づくのがヴァンだったら面白い


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