兄さんは清潔好きだった。
毎日ちゃんと水を浴びていたし、髪だって1日洗えないと死にそうな顔になってたほどだ。
だから騎士団に志願すると云った時も、戦場じゃ身体も髪も洗えないぞと脅した。
兄さんは「あたりまえだろ」と取り合ってくれなかったけど。

なにも感じなくなった兄さん。
笑わない。怒らない。オレのことを見ない。
でもきっといつかは昔のように戻ってくれると信じていた。
だからオレは、人形みたいになった兄さんとふだんどおりに過ごしたんだ。
たくさん話もした。
昨日のことも、今日のことも、明日のことも、ぜんぶ話した。
だって戻ったとき何も知らなかったら、まとめて話してやるのも面倒だし。
毎日の習慣もそのまんま。
水浴びはさすがに無理だったから、きちんと身体を拭いてあげていた。
あんなに清潔好きな兄さんが汚れているのがイヤだった。
胸の傷を見ないようにしながら、それでも丁寧に耳の裏から足の先まで拭いた。
髪だってきれいに梳いてあげていたんだ。
やわらかなブラシで、さらさらになるよう何度も何度も。
身体をきれいにしてあげた後の兄さんは少し嬉しそうに見えたので、きっと喜んでいたんだと思う。

本気で昔のように戻ってくれるって信じていた。
死んじゃったときは、哀しいっていうより、なんでだろうなって。
なんで死んじゃうんだろうなって、あんまり判らなくって涙も出なかったくらいだ。
本当のことを云えば、ほとんど記憶にないんだけど。
ただ、開け放たれた窓から冷たい風が吹き込んできたのだけははっきり覚えてる。
死んでる兄さんの髪が風に揺れてて、さらさらときれいに揺れてて。

 ああ…髪を梳いてあげててよかったな…って思ったんだ。


おわり (2006.06.11)


病室のシーン
あの指輪ってどこいったの?


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